Mozilla Flux

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Firefox 58以降も続く高速化と応答性向上 2018年もパフォーマンス2倍が目標

2018年も飛躍的進歩へ

Firefox Quantumのリリースは大きな注目を集め、そのスピードの速さと軽快さは、多くのユーザーから驚きをもって迎えられている。一方、非難の声が一部にあるのも事実だ。いわく、Chromeと同程度の速度でChrome互換の拡張機能が使えるだけであれば、Firefoxを選ぶ理由がない、と。

だが、Firefoxが2017年に達成した高速化を、2018年も達成するとしたらどうだろう。Mozilla Corp.でSenior Vice President, Firefoxを務めるMark Mayo氏は、「今年(2017年)Firefoxのパフォーマンスは2倍になった。2018年も再び2倍にするのが暫定的な目標だ」と米CNETの取材に対し答えている。同社のFellowを務めるDavid Bryant氏(Emerging Technologiesグループの事実上のトップ)も、Firefox 57時点のFirefox Quantumは序章に過ぎないと述べている。

通常、この手の表現はマーケティング的に「盛っている」ものだが、こと2018年のFirefoxに限っては、あながち誇張とも言えない。これは以前の記事に書いたことの裏返しになるが、QuantumプロジェクトはFirefox 57時点で半ばしか達成しておらず、残りの成果物が2018年前半に投入されていくスケジュールになっているのだ。また、Quantumプロジェクト以外にも、Firefox Quantumのリリースに間に合わなかったもろもろの新機能があって、完成したものから順にFirefox 58以降で有効化されていく。さらに、Quantum Flowが実証したように、細かな修正も積み重なると大きなパフォーマンスアップにつながるわけだが、2017年中に作られた下地がそこで生きてくる。

投入予定の新機能について

Firefox 58

処理速度の向上に関しては、JavaScript Start-up Bytecode Cache(Bug 1405738)が大きいだろう。Webページ閲覧時に生成されたJavaScriptのバイトコードを、アイドル時にキャッシュしておき、再訪時に利用する機能だ。GoogleやFacebookのようにJavaScriptを多用するページでは、読み込み速度が15~20%も短縮される場合があるという。加えて、Windows版ではビルド環境がVisual Studio 2017 v15.4.1に変更されており(Bug 1408789)、コンパイルされたバイナリの性能が上がる

応答性の向上に関しては、Places Async Transactions(Bug 1404267)を挙げることができる。履歴とブックマークのデータベース(Places)におけるトランザクションが非同期化され、Firefox本体が行う他の処理が阻害されない。特にFirefox Syncを利用している場合に、効果を実感できるだろう。

また、Quantum DOMの成果となるBudget Throttling(Bug 1377766)も見逃せない。これまでもFirefoxにはバックグラウンドタブにおけるスクリプトの処理を抑制する技術が組み込まれてきたが、Budget Throttlingはその最新のものとなる。大まかな仕組みはこうだ。タブごとに処理時間の割当てが行われ、毎秒その処理時間が増加していく一方で、タスクが実行されるとその実行時間分だけ処理時間が減少する。割り当てられた時間がマイナスのときはタスクが実行されないので、バックグラウンドで繰り返し実行されるスクリプトは処理が抑えられる。ただし、音声を流す処理、リアルタイムコネクション絡みの処理(WebSocketsやWebRTC)とIndexedDBの処理はその例外となる。Budget Throttlingは、応答性の向上だけでなく、消費電力の低減にも効果があるとされる。

Firefox 59

Introduction to WebRender – Part 1 – Browsers today – Mozilla Gfx Team Blogで説明されているように、Geckoのグラフィックス・パイプラインは、DOMツリー → フレームツリー → ディスプレイリスト → レイヤーツリーの流れで処理されていき、compositorがレイヤーツリーを合成する。新機能のOff Main Thread Painting(OMTP)は、「ディスプレイリスト → レイヤーツリー」の処理であるPaintingをメインスレッドとは別のところで行い、Firefox本体の応答性を高める(Bug 1403957)。

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Geckoのグラフィックス・パイプライン

また、Retained Display ListsBug 1352499)は、ディスプレイリストと呼ばれる描画命令のリストを構築するにあたって、常にスクラッチから行うのではなく、基本的にリストを保持しつつ部分的にアップデートしていく。YouTubeやTwitterで描画がスムーズになるという。

Firefox 60以降

Quantumプロジェクトの掉尾を飾るのがQuantum Renderである。このサブプロジェクトでは、ServoのグラフィックスエンジンであるWebRenderをGeckoに移植する。最近のGPUは強力で、高精細なゲームをスムーズに処理できるのだから、Webページも同じように処理できるはず。この発想をベースに、Rust言語製のQuantum RenderはWebページを表示する際、ゲームエンジンのようにGPUを活用。Painting/Compositingの区別を取り払い、スクリーン全体を描画することで常時60fpsを実現するのである。

もっとも、従来とはアーキテクチャがあまりに異なっているし、GPUやグラフィックドライバーによる差異も吸収しなければならないので、開発には予想以上に時間がかかっている。今のところ機能の範囲を絞ってFirefox 60に投入されるのではないかとみられているが、Mozilla Corp.でDirector, Firefox Browsersを務めるJeff Griffiths氏は、Firefox Quantumの名称をFirefox 61/62まで使い続ける可能性を示唆しており、Quantum Renderの有効化が遅れる可能性もある。

また、同様にGPUを活用したRustベースのフォントラスタライザとしてPathfinderがあり、Firefoxに統合されることが決まっている。現時点でもSVGレンダリングを含め基本的な処理は行えるようになっているので、リリース時期はQuantum Renderとそう変わらないだろう。

技術的負債の除去

2017年のFirefoxは、使用可能なプラグインをAdobe Flashに限定し、Windows版の動作環境もWindows 7以降とした。Firefox Quantumでは旧式アドオンのサポートを打ち切った

これらの思い切った措置により、2018年のFirefoxは互換性の維持に煩わされることなく新機能を実装できるようになったし、古い環境を考えずにリファクタリングも行えるようになった。既にXBLはQuantum CSSやGeckoの処理を複雑化させるなど問題が多いとして段階的な削除が始まっている。こうした動きは2018年の間じゅう続くだろう。

シェアの拡大を目指して

Mozillaの目標は、デスクトップ版Firefoxのグローバルなシェアを2020年までに20%にすることだ。そのためにはChromeからシェアを奪う必要があるわけだが、Mozillaのマーケティング戦略としては、自己の価値観に沿って市場で積極的な選択を行う層(これを"Conscious Choosers"と呼んでいる)がネットユーザーの約23%を占めるので、その層を狙うということになっている。

だが、本当の意味でシェア拡大に寄与するのは、そうしたマーケティング上のあれやこれやではなくて、Firefoxの速さと軽さ、そしてそれがユーザーに受け入れられたときに生まれる「勢い」だ。もともとFirefoxはその方法で25%を超えるシェアを獲得した。逆に、痒いところに手が届くアドオンが豊富に使えることは、シェア低下の歯止めにはならなかった。Firefoxがかつてのシェアを取り戻そうとすれば、圧倒的な速さと軽さを実現し、維持するほかないし、旧式アドオンを支える仕組みはその足を引っ張っていたのだから、切り捨てる以外の選択肢はなかった。

WebExtensions移行プロジェクトの現場責任者であるAndy McKay氏は、プロジェクトの開始当初パニック状態にあり、落ち着いて取り組み始めてからも、Mozilla Corp.内でかなりの反対に遭ったと告白している。Mozillaが旧式アドオンを捨てることの重さをわかっていなかったはずはない。それでも、このタイミングでやらねばならなかったのである。決断の正しさは、2018年に明らかになるだろう。