Mozilla Flux

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Firefox QuantumでThe Book of Mozillaも新章へ

Firefoxにはその前身であるNetscape Navigatorの時代から、about:mozillaのページに『モジラ書(The Book of Mozilla)』の一節を表示するイースター・エッグがある。文章が更新されるのは開発にとって大きな節目の時期となっており、Firefox Quantumもその節目に選ばれた(Bug 1370613)。つまりFirefox 57のabout:mozillaは、Firefox 56とは内容が違う。

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about:mozillaの11章14節

about:mozillaの履歴は公式サイトに掲載されているが、英語版Wikipediaの"The Book of Mozilla"の記事のほうが、背景の解説など関連情報まで載せてくれていて、はるかにわかりやすい。Firefox Quantumの新しい文章も反映されているなど目配りも利いており、資料的価値は高いといえる。

そのWikipediaの記事にも書かれているとおり、The Book of Mozillaは聖書うちの一書という体裁を強く意識している。いわばオープンソース聖書のようなものがある中で、旧約聖書の『ダニエル書』や新約聖書の『ヨハネの黙示録』のように、『モジラ書』は獣(the beast)が登場する黙示文学なのである。この獣(the beast)は、赤い恐竜のような姿で描かれたマスコットとしてのMozillaをイメージしたもので、炎を吐く存在とされている。

The Book of Mozillaの初出は、1995年のNetscape Navigator 1.1である。以後Netscape Communicator 4.xまで、「12章10節」が掲載された。この章と節は記念となる出来事の月日を反映していて、12章10節というのも1994年12月10日にNetscape Navigator 1.0がリリースされたことを踏まえている。その文章を私訳とともに紹介しよう。

And the beast shall come forth surrounded by a roiling cloud of vengeance. The house of the unbelievers shall be razed and they shall be scorched to the earth. Their tags shall blink until the end of days.

獣は復讐に燃える群衆に囲まれて現れるであろう。不信仰者らの住処は打ち壊され、焦土と化す。彼らの印は世の終わりまで明滅することとなる。

ここでいう「不信仰者」は、Web標準に従わない人々を指す。Netscape 3までは内蔵のHTMLビューワでソースを見ると、誤ったタグ(印)が明滅する仕様になっていたことが、巧みに文章に盛り込まれている。

次の節目は、Netscapeのコードがオープンソース化された1998年3月31日だ。同年5月には早くもabout:mozillaの「3章31節(赤文字版)」が出来上がったものの、Mozillaのコードが書き換えられていく中でいったん失われた。2000年2月に復活し、Netscape 6から7.1に掲載されたのが次の文章である。

And the beast shall be made legion. Its numbers shall be increased a thousand thousand fold. The din of a million keyboards like unto a great storm shall cover the earth, and the followers of Mammon shall tremble.

獣は大群となり、その数は千の千倍にも増える。無数のキーボードを打ち鳴らす音が大いなる嵐の如くなりて地を覆い、強欲の化身を奉ずる者らは打ち震えるであろう。

ここで初めてマモン(Mammon)という言葉が出てくる。富を擬人化した存在で、悪魔学では強欲を司る悪魔とされているが、文章内ではMicrosoftの暗喩として用いられている。一神教の世界観なので書き手がマモンを「神」と呼ぶことはないが、悪魔と明示されているわけでもないので、訳文では「強欲の化身」とした。

文章に描かれているのは、Internet Explorerの攻勢にいったん破れたNetscapeが、オープンソースとして広く拡散し、反撃を開始する様だ。黙示文学の体裁ではあるが、キーボードという言葉が出てくるのは、宗教的な雰囲気になりすぎるのを避けたかったからだろう。ちなみに、「赤文字版」の赤文字(Red Letter)は「特筆すべき」くらいの意味だが、イエス・キリストの言葉のみ赤文字で書かれた新約聖書というものが存在するらしく、そのことも踏まえた凝ったネーミングになっている。

2003年7月15日、AOLがNetscape部門を閉鎖し、Mozilla Foundationが創設された。しかし、オープンソースであるMozillaのコードベースは存続し、後のFirefox(初期の名前はFirebird)やThunderbirdへと繋がっていく。Mozilla 1.5からFirefox 3.0 Beta 2まで、Thunderbirdの最初のバージョンから2.0.0.24まで、Netscape 7.2から8.1.3までなどに掲載されたのが次の「7章15節」である。

And so at last the beast fell and the unbelievers rejoiced. But all was not lost, for from the ash rose a great bird. The bird gazed down upon the unbelievers and cast fire and thunder upon them. For the beast had been reborn with its strength renewed, and the followers of Mammon cowered in horror.

そのようにして獣はついに倒れ、不信仰者たちは歓喜した。しかし消え去ってはいなかった。その灰より大いなる鳥が蘇ったからである。鳥は不信仰者たちを睥睨し、炎と雷を彼らに浴びせた。獣が力を新たにして生まれ変わったことにより、強欲の化身を奉ずる者らは恐怖に身をすくめた。

Netscape部門の閉鎖でMozillaという獣はいったん倒れたが、Firebird(=フェニックス)として灰より蘇った。文章内ではThunderbirdのイメージとも重なり、炎と雷を操る存在として描かれている。なお、ここで出てくるマモンもMicrosoftの暗喩である。

公式サイトにはないが、Wikipediaの記事には「8章20節」がある。Netscapeがブラウザ部門を再開し、Netscape Navigatorの新バージョンを社内で開発する可能性があることを社内メールで明らかにしたのが、2006年8月20日なのだそうだ。Netscape Navigator 9.0b1から9.0.0.6までに次の文章が掲載された。

And thus the Creator looked upon the beast reborn and saw that it was good.

かくして主は獣の再誕をご覧になり、それを良きものとされた。

Mozillaを作ったNetscapeが開発を再開したのでこうした文章になっているようだが、黙示文学というより旧約聖書『創世記』の天地創造のイメージだ。製品自体がMozillaプロジェクトから外れているだけでなく、about:mozillaの書きぶりとしても「異端」であり、公式サイトに掲載されていないのもそうした理由だと思われる。

MozillaにとってMozilla Foundationの創設に次いで節目となるのは、Firefox 1.0のリリースである。2004年11月9日のリリースを記念して、2008年1月、「11章9節(第10版)」が作られた(Bug 411352)。オープンソース化から10年が経ったので、「第10版」の表記がある。Firefox 3.0 Beta 3から20.0.1までなどに掲載されたのが、次の文章だ。

Mammon slept. And the beast reborn spread over the earth and its numbers grew legion. And they proclaimed the times and sacrificed crops unto the fire, with the cunning of foxes. And they built a new world in their own image as promised by the sacred words, and spoke of the beast with their children. Mammon awoke, and lo! it was naught but a follower.

強欲の化身は眠りについた。獣の生まれ変わりは地に広がり、その数は増えて大群となった。それらは狐の抜け目なさをもって、時が満ちたことを宣言し、収穫物を捧げものとして火にくべた。それらは御言葉において約束されたとおり自らの思い描く新世界を作り上げ、子らに獣のことを語り伝えた。強欲の化身が目覚めたとき、見よ、それはただの模倣者と成り果てていた。

この文章には多くの出来事が盛り込まれている。まず、マモンはMicrosoftを指しており、Internet Explorer 6から7までの開発期間が5年空いたことを指して、眠りについたと表現している。Microsoftが「眠っている」間にいわゆるWeb 2.0の時代になり、「目覚めた」ときにはイノベーターではなくなっていたというわけだ。

一方MozillaはSpread Firefoxというプロモーションサイトを起ち上げ、Mozillaマニフェストを公表し、about:mozillaニュースレターを発行した。FirefoxのサポーターたちはNew York Times紙に広告を載せ、Firefoxのロゴマークのミステリーサークルを作った。こうした様々な情報を文章に落とし込むスタイルは、その後も継承されている。代わりに、黙示文学的な預言の雰囲気は薄れていく。

Firefox OS 1.0がコードフリーズとなった2013年1月15日も、Mozillaにとって重要な時期であった。デスクトップからモバイルへと開発の重心が大きく傾いたからだ。この動きを反映して、「15章1節」が作られた(Bug 830767)。Firefox 21.0 Alpha 1から現在(56.0)まで掲載されているのが、次の文章である。

The twins of Mammon quarrelled. Their warring plunged the world into a new darkness, and the beast abhorred the darkness. So it began to move swiftly, and grew more powerful, and went forth and multiplied. And the beasts brought fire and light to the darkness.

双子なる強欲の化身らは対立した。その争いは世界を新たなる闇に沈め、獣はその闇を忌み嫌った。そこで獣は素早く動き始め、力強さを増し、打って出てその数を増やした。そして獣らは闇に灯火をもたらした。

双子のマモンとは、言うまでもなくAppleとGoogleのことである。両社が相争い、アプリ市場を寡占した。オープンなWebが損なわれることを嫌って、Mozillaは動き始め、Android版FirefoxやFirefox OSをリリースした。そうした出来事を描いているわけだが、残念ながらMozillaはその後、大幅な撤退を余儀なくなされた。

満を持しての反転攻勢は、Firefox Quantumから始まる。そのリリース予定日は2017年11月14日だ。というわけで、about:mozillaの「11章14節」は次のようになっている。

The Beast adopted new raiment and studied the ways of Time and Space and Light and the Flow of energy through the Universe. From its studies, the Beast fashioned new structures from oxidised metal and proclaimed their glories. And the Beast's followers rejoiced, finding renewed purpose in these teachings.

獣は新たな衣服を身にまとい、時空と光、宇宙内のエネルギーの流れについて、それらのあり方を学んだ。学びにより獣は錆びた金属から新たな構造物を作り上げ、その栄光を宣言した。獣を奉ずる者らは教えの中に新たな目的を見出し歓喜した。

時空はQuantum(量子)プロジェクトを指し、光はPhoton(光子)プロジェクトを指す。Photonの新UIにより、Firefoxは新たな衣服を身にまとうことになった。そして、Quantum CSSなど、Rust(錆)言語で書かれたコードがFirefoxに力を与えた。なお、スピードアップへの貢献度が高いQuantum Flowは、サブプロジェクトながら大きな扱いを受けている。

この一節が「預言」として現実のものとなるかどうか。それは神のみぞ知る、だろう。