Mozilla Flux

Mozilla関係の情報に特化したブログです。

苦況(ピンチ)の内にも入りません

(2011/12/21追記)
Mozillaが公式ブログでGoogleとの提携契約の延長を発表した(『Mozilla and Google Sign New Agreement for Default Search in Firefox』)。秘密保持条項があるため契約の詳細は記載されていないが、Mozillaは今後3年間この提携関係が継続すると明言している。

(2011/12/07追記)
CNET News『Don't write off Mozilla-Google revenue deal as dead(Mozilla・Googleの収入提携を死んだことにするな)』という記事が出た(CNET Japanによる抄訳)。Stephen Shankland記者がGoogleとMozillaに取材したところ、GoogleはMozillaとの契約関係がなお継続している事実を認め、Mozillaは(新契約の締結に向けて)Googleと活発な交渉を続けていると述べたという。

どこかで呼ばれた気がしたのと、噂に尾ひれがついてFirefoxが開発停止の危機などといったメチャクチャな話がWeb上を飛び交うようになってきたので、少し書いておきたい。

ピンチに根拠はあるのか

TechWaveの記事『Firefoxがピンチ シェア低下、人材流出、Google契約打ち切りで』(以下「Tech記事」)が話題だ。この記事を書いたのは同誌の湯川鶴章編集長。米ZDNetの記事(以下「元記事」)の「内容を簡単に紹介」するというものだが、「Firefoxのシェアが低迷し始め」ており、「Firefox開発のキーパーソン」が辞め、「これまでモジラ財団を全面的にバックアップしていたGoogleが、パートナー契約を11月で打ち切った」という。

しかし、シェアの低迷については、まさに湯川氏が書いているとおり、「2009年12月には25.02%あったFirefoxの市場シェアが2011年11月には22.14%にまで低下」したという程度にすぎない。約2年間に3%低下しただけで「低迷」なら、IEのシェアは「急落」というべきだろう。なのにIEの危機という話は聞かない。これのどこがピンチなのか。

また、Tech記事でキーパーソンとして挙げられているのはMike Shaver氏だが、同氏が2011年5月まで4か月間の病気休暇をとっていたことはあまり知られていない。この間、Mozillaの業務は滞りなく処理された。Damon Sicore氏がVice President of Engineeringの職務を代行していたからだが、誰か一人が欠けたくらいで機能しなくなるようでは組織のていをなさないから、当然の結果ともいえる。Firefoxは、Ben Goodger氏という中心的な開発者がGoogleに移籍した後も着実な発展を遂げてきた。Shaver氏はFacebookに移籍したが、Mozillaに対し、ボランティアベースでの貢献は続けると述べている。これのどこがピンチなのか。

さらに、Tech記事で「最大の痛手」としている契約打ち切りの件も、確定した話ではない。11月末にGoogleとの3年間の契約が終了するのは事実だが、今のところ判明しているのは、12月1日にMozillaのPR担当が「現在お伝えできる新しい情報はございません(We currently do not have an update to share.)」と述べたということだけ。契約を更新するならタイミング的には契約終了の前だから、12月1日に新情報がないのはおかしいと考えれば、更新はなかったと判断することになる。このあたり、元記事ではタイトルが「apparently ends」(直訳すると「終わったものとみられる」)という表現になっていて、Tech記事のような断定は避けている。ちなみに、Tech記事が「最大の収入源が打ち切りになり」と訳して引用している部分も、元記事は「With its biggest source of revenue likely to dry up」と「likely to」が入っていて、やはり断定はしていない。

Googleは、Mozillaとの契約を終了させた場合、22%超のシェアをもつWebブラウザという導線を捨てることになる。Google自体が収入を広告に依存しているのだから、FirefoxユーザーがGoogle検索の利用頻度を減らすと収入減につながり、契約打ち切りはあまり賢明な選択とはいえない。Google Labsの閉鎖などを見るにつけ、Googleも財務面で余裕がないように感じられるが、そうであればこそ、収入を減らす手を自ら打つだろうかとの疑問も湧く。

仮に契約は終了したのだとしよう。Firefoxはそれで終わりなのだろうか。いや、検索サービスを提供しているのはGoogleだけではない。Yahoo!もMicrosoftもいる。とくにMicrosoftはBingのシェアを伸ばすのに躍起になっており、Firefoxのデフォルト検索サービスの地位を得られるのであれば、喜んで大金を積むだろう。もちろん、Mozillaと組むことはMicrosoftにとってPRのよい材料となる。オープンソース文化に理解があるふりができるし、「Don't be evilは口先だけ」とGoogleを攻撃できるからだ。

契約が終了しているにせよ、Mozillaは、その収入がたとえば86%といった大きな割合で失われるとはつゆほども考えていない。嘘だと思うなら、LinkedInのMozilla Corporationのページを見てみるといい。フルタイムのスタッフが400名以上と記載されている。2009年にMozilla関係者が世界中から一堂に会したとき、参加者は約250名だった。この250名にはMozilla Corporationのスタッフ以外も含まれているから、いかに急速に人員が拡充されたかわかろうというものだ。2011年9月にはWeb Strategy部門のVice Presidentが新たに加わっているが、はたして11月末で収入の大半がなくなる会社が幹部の採用などするだろうか。いったい、これのどこがピンチなのか。

どうしてこうなった

湯川氏は、紹介と称して、裏を取らずに元記事の内容をなぞった記事を公表した。個人ブログであればともかく、商業メディアの行為としては批判を免れない。せめてMozilla Japanに問い合わせるくらいのことがどうしてできなかったのか。

また、ここまで書いてきた内容から、元記事に問題があることも想像がつくだろう。ライターのEd Bott氏は、『Firefox faces uncertain future as Google deal apparently ends(Firefoxが直面する不確かな未来:Googleとの取引は終了か)』というタイトルの元記事の中で、Mozillaに対するネガティブな情報ばかりを並べている。おそらくこれは意図的なものだ。元記事で言及している同氏の過去記事『Why Internet Explorer will survive and Firefox won't(Internet Explorerが生き残り、Firefoxが生き残れない理由)』と論調が一貫しているからだ。

Bott氏が2011年3月に『Why Internet Explorer〜』を書いたとき、Google Chrome 10、Internet Explorer 9とFirefox 4がリリースされる時期に当たっていた。ところが、Bott氏はFirefox 4のリリースが「Firefox 3.5から」約2年間かかったと指摘する一方、IE9が6〜8週間のペースでプレビューをリリースしたことを賞賛する。そして、これからはアプリの時代であり、拡張機能は時代遅れ、PCの世界でアプリの基盤を提供できるのはGoogleとMicrosoftだけだから、Firefoxは信者(loyal cult following)しか使わなくなるだろうと説く。

Bott氏がこのようなスタンスをとる理由は、同氏のWebサイトを見れば一目瞭然だ。要するにMicrosoft製品の解説本を出版して稼いでいる人物なのである。当然、Microsoftとコネクションが強くなければこんな仕事はできない。そんなライターがWebブラウザの将来性に関し、バランスのとれた記事を書けるわけがない。Microsoftの地位が低下したら、自分のビジネスに響くわけだから。ただ、それだとGoogleも一緒に叩いてよさそうなものだが、Bott氏の目には、営利目的を追求しないMozillaが、ソフトウェアビジネスを破壊する存在として、より大きな脅威に映っているのかもしれない。

まったくもってひどい話だ。Mozilla嫌いの米国ライターが書いた、半ば飛ばし記事とでもいうべきものを、日本の別のメディアが裏も取らずに流すのだから。Firefoxは開発停止になどならないし、そもそもピンチにすら陥っていない。早期にこの話題が収束することを切に願っている。

〔以下追記〕