Mozilla Flux

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Firefox QuantumのOff Main Thread Painting(OMTP)とRetained Display Listsについて

Windows版Firefox 58でOMTPが有効化

Firefox 58ではWindows版に限って、以前紹介したOff Main Thread Painting(OMTP)と呼ばれる機能が有効化されている(Bug 1403935)。このOMTPに対し、画像処理に関するものだという誤解が一部にあるようなので、その誤解を解いておきたい。

まずはGeckoのグラフィックス・パイプラインのおさらいから。Geckoでは、DOMツリー → フレームツリー → ディスプレイリスト → レイヤーツリーの順に処理が流れていき、最後にcompositorがレイヤーツリーを合成する。今回取り上げるのは、「ディスプレイリスト → レイヤーツリー」の処理の部分だ。

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Geckoのグラフィックス・パイプライン

Off-Main-Thread Painting – Mozilla Gfx Team Blogによれば、Geckoの描画処理は、合成(Compositing)のフェーズを別にすると3段階に分けることができる。具体的には、1)ディスプレイリストの構築、2)レイヤーの割り当て、3)ラスタライゼーションである。

1)ディスプレイリストの構築では、ページ内の視覚的要素を収集し、ディスプレイアイテムと呼ばれる高水準プリミティブを生成する。2)レイヤーの割り当てでは、ディスプレイアイテムをグループにまとめてPaintedレイヤーと呼ばれる複数のレイヤーに割り当てる。3)ラスタライゼーションでは、レイヤーに割り当てられたディスプレイアイテムが実際に描画される。

これまでは上記3段階がすべてメインスレッドにおいて処理されてきた。これに対し、OMTPは3段階目のラスタライゼーションを別スレッドで非同期に処理する。この別スレッドは、ペイントスレッドと呼ばれる。

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ラスタライゼーションの非同期化

メインスレッドはラスタライゼーションの手前で解放され、次の処理に移ることができる。また、ペイントスレッドはメインスレッドと並行してラスタライゼーション処理に集中することができる。この流れ作業によって、スレッド間での処理の受け渡しが発生するものの、全体としては、互いに前の処理を待つ時間を短縮することが可能になるわけだ。

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非同期化による流れ作業の実現

OMTPが力を発揮するのは、メインスレッドの処理に余裕がない場合である。たとえば、重いJavaScriptを処理しながらグラフィックスの処理も行う場面では、ラスタライゼーションをペイントスレッドが担うことで、処理落ちを防ぐことができる。そうした場面でOMTPを有効化すると、Windows版で30%程度フレームレート(FPS)が向上することが、Mozillaの開発者の調査結果から明らかになっている。

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OMTPによるFPSの向上

Retained Display Listsでディスプレイリストの構築コストに対処

Firefox 59以降のNightlyチャンネルでは、Retained Display Listsと呼ばれる機能が有効化されている(Bug 1416055)。この機能は前記の1)ディスプレイリストの構築に関わるもの。Geckoの描画処理において、ディスプレイリストの構築は処理時間の40%以上という高い割合を占める。Retained Display Listsは、リストの構築コストを大幅に削減するための技法だ。

Retained Display Lists – Mozilla Gfx Team Blogによれば、これまで、スクリーンの表示内容に変更が生じたときは、ディスプレイリストを一から構築し直していた。他方、Retained Display Listsの導入後は、これを原則として維持し、表示内容が変更された部分についてだけ新しいリストを構築して、新リストを旧リストに統合する。通常、表示内容が変更されるのは画面内の一部にとどまるので、新リストは比較的小さなもので済む可能性が高い。一から構築し直す場合と比べて処理時間を短縮できるわけだ。

Mozillaの開発者がFirefox 58 Betaのユーザーを対象にA/Bテストを実施しており、Retained Display Listsを有効化すると、16ミリ秒を超える「遅い」描画処理を30%近く削減できるという結果が出ている。しかも、Firefox 59には表示内容に全く変更がなければリストを維持し続ける機能(Bug 1419021)が追加実装されたため、現在ではさらに効果が大きくなっているとみられる。

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Retained Display Listsの効果

OMTPのように「重いJavaScriptを処理しながら」といった制約がない分、Retained Display Listsのメリットは大きいが、表示内容に変更が生じた分だけディスプレイリストを構築する仕組みは複雑であり、完成までに時間がかかっている。現状ではFirefox 59リリース版への投入は難しく、Firefox 60で有効化されることになりそうだ。

マウスホイールでページをスクロールする際の小技(Firefox 58以降)

Firefox 58がリリースされ、既に手動アップデートが可能な状況になっている。パフォーマンスの向上については別記事を参照していただくとして、ここではマウスホイールでページをスクロールする際の小技を2つ取り上げたい。どちらもFirefox 58で実装された機能だ。

1つ目は、スムーズスクロールの挙動を変更するというもの(Bug 1402498)。about:configのページでgeneral.smoothScroll.msdPhysics.enabledをtrueに変更すると有効化される。加速・減速のシミュレーションにcubic-bezierを用いる現行方式とは異なり、新方式ではMass-spring-damperを用いるのだという。実際にマウスホイールを回してページをスクロールさせてみると、現行方式よりも加速の度合いが大きく、より少ないホイール回転で終端に到達する。新方式を好むユーザーも少なくないのでは、と思う。

2つ目は、Shiftキーを押しながらマウスホイールを回すと横スクロールになるというもの(Bug 143038)。macOS版ではOSの挙動に合わせて最初からそうなっているようだが、Windows版などでは旧式の拡張機能を使わないと実現できなかった。旧式拡張機能の廃止に伴い、16年前に登録されたバグが修正され、デスクトップ版における方式が統一された。

Firefox 58でWebAssemblyの起動を大幅に高速化

WebAssemblyは既にメジャーなブラウザすべてでサポートされており、その用途も、たとえばGoogle Earthが移植されるなど、ゲームに限られなくなってきている。もっとも、これまではダウンロード後のコンパイルに時間がかかるという問題があった。Firefox 58では2つの新技術でこの問題に対処し、WebAssemblyアプリケーションの起動を大幅に高速化する。

Making WebAssembly even faster: Firefox’s new streaming and tiering compiler – Mozilla Hacksによれば、1つ目の新技術はストリーミング(Streaming)という。ダウンロードの完了を待たずにコンパイルを開始するもので、この技術はWebAssemblyのファイル形式と相性がいい。単一のファイルのうち、最初にコード部分がダウンロードされるため、これをコンパイルしながら、データ部分のダウンロードの完了を待つことができるのだ。

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WebAssemblyファイルの構造

もう1つの技術は、段階的(tiered)なコンパイルである。動作は高速だが生成されるコードの最適化が弱いコンパイラと、動作は低速だが生成されるコードの最適化が強力なコンパイラを用意しておき、初めに前者のコンパイラがメインスレッドでWebAssemblyファイルのコンパイルを行う。コードの実行が始まったところで、これと並行して後者のコンパイラが別スレッドで動き出し、コードのコピーに対し最適化を施す。最適化が完了したコードは、メインスレッドのコードと置き換えられる仕組みだ(ホットスワップ)。

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WebAssemblyファイルの段階的なコンパイル

1段階目のコンパイラは、2段階目のそれよりも10倍から15倍も高速にコンパイルを行うことができる一方、生成されるコードの速度は2段階目のコンパイラと比較して、半分程度を確保している。この2段階のコンパイルはWebAssemblyのすべてのコードに対して適用されるが、それによってWebAssemblyの強みである処理速度を損なうことはない。

このように、Firefox 58では、1段階目のコンパイラがWebAssemblyファイルのダウンロード完了を待たずにコンパイルを開始し、実行中のコードは2段階目のコンパイラが最適化したコードに後で置き換えられるわけだ。では、実際にどの程度の威力を発揮するのだろうか。

GitHub上でMozillaの開発者が公開しているベンチマークを、Firefox 57.0.4(ビルド ID: 20180103231032)とFirefox 58 RC1(ビルド ID :20180115093319)の双方で走らせてみた。12.4MBのWebAssemblyファイルについて、WebAssembly.instantiate()の所要時間を計測するもので、単位はミリ秒(ms)。例えばダウンロード完了からの所要時間が1000msだとすると、1秒あたり12.4MBのコードを処理できていることになる。ベンチマークでは、そのスループットも結果として表示される。5回計測した平均は、以下のとおり。

Firefox 57 Firefox 58
所要時間 2611.9 ms 319.0 ms
スループット 4.8 MB/s 38.9 MB/s

Firefox 58のほうが約8.1倍も高速という結果になった。これだけ速ければ、実環境でも違いを体感できるはず。さらにそう遠くない将来、WebAssemblyのコンパイル結果はHTTPキャッシュに保存され、2回目以降の起動が加速される見通しだ。実行開始から一貫して速いと開発者に知れ渡れば、WebAssemblyアプリケーションの普及に弾みが付くことだろう。

Firefoxのパスワードマネージャーを刷新するLockboxプロジェクトが本格始動中

Firefoxにはパスワードマネージャー機能が搭載されており、Webサイトへのアクセスに利用するユーザー名とパスワードを安全に保存して、同じサイトに再びアクセスした際にそのアカウント情報を自動的に入力してくれる。このパスワードマネージャーの全面的な書き換えを目指すのがLockboxプロジェクトであり、既に拡張機能の形式で開発者向けα版の提供が開始されている。

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Lockbox α版のスタート画面

今のところα版は、Firefox本体のパスワードマネージャーを置き換えるものの機能面ではかなり限定されており、ユーザーが自分でアカウント情報を登録したエントリーを作成せねばならない。だが、マスターパスワードに代えてFirefoxアカウントによる暗号化が可能になっている点は目新しい。FAQによれば暗号化処理にAES256-GCMを、ハッシュ処理にHMAC SHA-256をそれぞれ利用しており、保存された情報は強力に保護されるそうだ。

今後、Lockboxが現行のパスワードマネージャーの機能を取り込んでいくのは当然として、さまざまな新機能についても検討されている。パスワードの生成エクスポート、LastPassなど他のサービスからのインポートは有用だろう。Webサイトで新規アカウントが作成されたことを検知してエントリーを自動で追加してくれる機能も便利そうだ。モバイル向けに指紋認証をサポートする話もある。

Lockboxのβ版はTest Pilotで公開される予定だ。ユーザーからのフィードバックを経て、Firefox本体に取り込まれることになるとみられる。パスワードマネージャーの刷新時期は不明だが、2018年11月にリリースされるFirefox 64がターゲットということは十分に考えられそうだ。また、モバイルアプリ版の開発や(拡張機能として)Firefox以外のブラウザへの展開も視野に入れているそうなので、Firefoxアカウントを普及させるためのツールとしての役割も期待されている可能性がある。

次のFirefox ESRはバージョン59ではなく60 その影響を探る

Firefox ESR(延長サポート版)は年に1回、メジャーアップデートが実施される。その時期には法則性があって、Firefoxのバージョン番号から10を引くと7の倍数になる。直近だとFirefox 52なわけだが、最初のESRがバージョン10からスタートしたため、こうした中途半端な数字になっている。

本来であればFirefox 59が次のESRとなるはず。ところが、Firefox/EnterprisePolicies - MozillaWikiによれば、Firefox 60を次のESRとするという。言い換えると、次のESRのリリース時期が、2018年3月から5月へと延期されたわけだ。

延期の背景には、法人ユーザー向けに"Policy Engine"と呼ばれるFirefoxのカスタマイズ機能を提供する計画があるようだ。従来、こうしたカスタマイズはおおむね旧式拡張機能によってカバーされてきた。だが、Firefox Quantumで拡張機能のWebExtensions限定化が実施され、状況が大きく変わった。たとえばCCK2 WizardはFirefox ESR 52での利用が推奨され、globalChrome.cssはuserChrome.css/userContent.cssへの移行を検討せねばならなくなっている。Mozilla公式のカスタマイズ機能が求められるゆえんだ。

Firefoxの新コンポーネントとなるPolicy Engineの開発に一定の期間を要するため、ESRのリリース時期がイレギュラーとなった。この理由を見るかぎり、おそらくリリース時期の変動は今回限りの措置だろう。Firefox ESR 60の次は、ESR 67ではなく66になるとみられる。

次期ESRの登場が後ろ倒しになった影響で、Firefox ESR 52系列のサポート期間は延びることになりそうだ。新ESRと旧ESRは2バージョンの間並行してリリースされ、これが移行の猶予期間になっている。猶予期間を削るわけにはいかないだろうから、新ESRのリリース時期を遅らせた分だけ、旧ESRつまりESR 52のサポートを長く続けざるをえないというわけだ。サポート終了が2018年8月下旬になるので、旧式アドオンを使うためESRチャンネルに乗り換えたユーザーや、Windows XP/Vista上のユーザーにとっては朗報と言える。

また、ThunderbirdもFirefox ESRと同じWebエンジン(Gecko)を使用しているので、メジャーバージョンアップの時期がずれてくるだろう。次期ThunderbirdはFirefoxと異なり旧式アドオンのサポートを続ける一方で、アドオン側の対応が求められており、未対応のアドオンは初期設定で無効化される。アドオン作者が開発に使える時間が増えれば、対応するアドオンが揃う可能性は高くなる。

ちなみに、Policy Engineはシステム管理者による利用が想定されているものの、ESRチャンネル以外でも有効化することは可能なようだ。カスタマイズ用の「ポリシー」は、一部機能の制限やブックマークの追加などが中心だが、初期設定でメニューバーを有効化するといったUIの調整についても議論されているという。仮にUIのカスタマイズが柔軟にできるようなら、部分的にuserChrome.cssを代替できるかもしれない。

(17/12/29追記)
本記事執筆後、次期「Firefox ESR」は「Firefox 60」ベースに ~現行版「Firefox ESR 52」は少し延命 - 窓の杜がこの話題を取り上げ、Firefox ESRの英語ページの図がアップデートされて、Firefox 60を次のESRとする一方、ESR 52系列のサポートが52.9まで続く形になっていることを指摘した。また、米国時間の2017年12月21日にはMozillaから正式なアナウンスも出ている。それによると、Firefox ESR 52.9のサポートが終わる2018年8月28日までは、Windows XP/Vistaのサポートも継続される。

また、上記アナウンス後にThunderbird開発者のJörg Knobloch氏は、次期安定版がThunderbird 60になると明言した

なお、本文で触れたPolicy Engineは、プロトタイプの開発が進んでいる(Bug 1419102)。