Mozilla Flux

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Firefoxのシェアを伸ばすには?

NetApplications社の調べによれば、Firefoxの世界マーケットシェアは2008年11月時点で20.78%だ。もうすぐ12月分が発表されるが、大きくは変わらないはず(09/01/02追記:12月のシェアは21.34%)。ちなみに、日本でのシェアは10月時点で14.53%となっている。この約20%のシェアをどうすればさらに伸ばせるか。Mozillaはさまざまな市場調査を実施して、有効な戦略を見極めようとしている。

どのセグメントを狙うのか

ヘビーユーザーを狙うのか、それともライトユーザーを狙うのか。ここが一つの分かれ目だ。ここでいうヘビーとかライトとかいうのは、インターネットの利用時間の長さを基準とする。ヘビーユーザー相手ならFirefoxの先進性をアピールすることになるだろうし、ライトユーザー相手なら使いやすさや安全性を訴えかけていくことになるだろう。

ヘビーユーザー狙いの場合でも、焦点を当てる層を絞る必要がある。つまり、まだFirefoxを使っていないユーザーを取り込むのか、既にFirefoxを併用しているユーザーにメインブラウザに据えてもらうのか、それともFirefoxをメインブラウザにしているユーザーを逃がさないようにするのか。

この点に関して、Mozillaのマーケティング担当者が最近興味深い調査結果を発表した。comScoreというマーケットリサーチ会社と協力して米国のWindowsユーザーを調べたところ、Firefoxを利用していないヘビーユーザーがまだまだ大勢いることがわかったのだ。2008年7月のデータを基にしたこの調査が示しているのは、インターネット利用時間の全体の69%を上位20%のヘビーユーザーが占めており、このヘビーユーザーのセグメント内でFirefoxを使っているのは25%にすぎないということだ。しかも、そのFirefox使用者のうち4割は別のWebブラウザを併用し、そちらの利用時間のほうが長い。

もし、Firefoxが既に多数のヘビーユーザーのメインブラウザになっていたのなら、取るべき戦略は現状維持が中心になるはず。が、実際はそうではなかった。Firefoxの技術的な側面を全面に押し出して売り込めるユーザーは、十分な規模で存在している。

この層に向けて有効なメッセージは何だろうか。先の調査結果を発表した担当者は今後の課題としているけれども、「軽くて速くて安全であること」と「アドオンによる自由なカスタマイズ(で高機能化もできること)」が柱になるように思う。

標準機能の強化かアドオンのアピールか

ライトユーザーをターゲットにする場合、使いやすさや安全性を訴えかけていくことになると述べた。が、むしろアドオン(拡張機能 + テーマ)をアピールすべきとの声は、Mozilla関係者の中でも強い。Firefoxには便利なアドオンが豊富に存在しており、他社製品がこれだけのラインナップを揃えようとすれば、たいへんなコストがかかる。Google Chromeがまさにそれをやろうとしているが、一朝一夕にできることではない。だからこそ、差別化を図れるポイントになるというわけだ。

一見もっともな分析だが、Mozilla自身がユーザーを対象に行った調査の結果を素直に読めば、アドオンに興味を示しているライトユーザーはそれほど多くないことがわかる。2008年9月23日に実施されたこの調査は、スペイン、ドイツ、アメリカなどの10か国を対象に、Firefox 3.0.2 / 3.0.3にアップデートしたユーザーの10%に質問が送付され、有効回答数が30,272という十分な規模のものだ。

「Firefox 3.0をダウンロードした一番の理由は何ですか?」という質問に対し、一番多かった答えは「パフォーマンス」で30%弱といったところ。二番目に多かったのが「セキュリティ」で25%強。「カスタマイズ性」を選んだユーザーは10%をわずかに上回る程度にとどまっている。

しかも、「Firefox 3.0をカスタマイズするためにアドオン(テーマを含む)をインストールしたことがありますか?」という問いについても、Yesは58.5%。Noが19.5%で、10.8%が「アドオンが何かわからない」と回答している。つまり、少なくとも3割のユーザーが、アドオンによるカスタマイズなしにFirefoxを使っている。しかも、ライトユーザー(ただし先の調査と区分方法は一致しない)に限定するとYesの率は44.3%まで低下する。アドオンを入れたがよくわからないので削除した人まで含めれば、おそらくライトユーザーの約半分は、アドオンを一切使っていない。

この層にアドオンの素晴らしさを説くことが、本当に賢明なマーケティング戦略だろうか。それよりも、パフォーマンスを重視するユーザーが多いのだからパフォーマンスを改善し、その点をアピールする。あるいは、アドオンを使わないユーザーが多いのだから、定番のアドオンの機能を取り込んで、ユーザーがアドオンを入れなくても便利に使えることをアピールする。こちらのほうがよくはないか。

Mozillaの調査担当者は、「(周りから薦められるなどの形で)アドオンの情報をより多く、より頻繁に受け取るほど、アドオンのことを知ってダウンロードする人が多くなる傾向にあるから、アドオンのことを理解しやすくて人に説明しやすいものにすべきだろう」と述べているが、アドオンありきの結論に引きずられている感がある。仮にそうでないとしても、「多様な選択肢の中から選べることは無条件で望ましい」というアメリカ的価値観によるバイアスが影響しているように思う。

ライトユーザー向けの正しい戦略がパフォーマンスアップと標準機能の強化にあると仮定すると、前者はいいとして、後者はヘビーユーザー向けの戦略とバッティングする可能性が高い。なぜなら、ヘビーユーザーは「本体はシンプルに、拡張は自由に」という形を好むと考えられるからだ。

しかし、もう少し現実的に考えてみると、Firefoxはマーケティング主導ではなく、開発者主導の製品だ。多くの外部開発者を擁していることから考えても、今後これがマーケティング主導に変わることはないだろう。そして、開発者たちがパフォーマンスの改善だけで仕事に満足するとは到底思えない。とすれば、本体とアドオンの役割分担に関して綱引きが行われるとしても、バージョンアップごとに機能が追加されていくことは間違いない。

開発の方向性が標準機能の強化にあるなら、マーケティングをそちらに合わせてしまうのも一つの手だろう。要するに、パフォーマンスの高さをあらゆるユーザー層にアピールしつつ、ライトユーザーを取り込みのメインターゲットとして、標準機能の高さを売り込むわけだ。方向性がライトユーザ狙いに決まれば、セキュリティや使い勝手のよさを強調すればいいこともすぐにわかる。

実は、MozillaはFirefoxのダウンロードページでこの戦略を既に採用している。Mozilla Japanが採用した手法Mozilla.comの手法とでは多少の違いがみられるものの、基本は同じだ。どうやら、この戦略は下手にいじらないほうがよさそうである。

ターゲットになる地域は

どの地域をマーケティングのターゲットにするかも重要な検討ポイントだ。ここでは、成熟市場と新興市場を分けて考える必要がある。成熟市場とはインターネットの普及率が高くて成長率の低い市場、新興市場とは普及率が低いか中程度で成長率の高い市場を指す。

先に挙げたヘビーユーザーの調査と同一の担当者が発表した別の統計資料("Market Insights, part 1")によれば、新興市場として有望なのはBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)だ。国の経済成長率と連動するのだから当然ではある。とくに中国はインドの4倍以上、アメリカさえも上回る2億5千万人以上のインターネット人口を有し、それでいてFirefoxのシェアが5.66%(2008年10月時点)と低いため、ぜひとも押さえておきたい市場といえる。Mozilla Europe、Mozilla Japanと並ぶMozilla Foundationの公式アフィリエイトとして、Mozilla Chinaが設立されているのも、こうした事情があるからだろう。

これに対し、成熟市場では、インターネット人口の多い国とFirefoxの普及率が低い国が狙い目になるはずだ。ところが、上記記事の分析では、この条件に当てはまるはずの日本市場にてこ入れしようという話がなぜか出てこない。アメリカが戦略的な焦点で、ドイツとフランスが最も強固な足場、イギリスとイタリアは押し上げが可能と述べるのみだ。日本を特殊な市場と見ているようにも思えて残念である。イギリスとイタリアでの取り組みを強化するのなら、同時に日本でのシェアをアメリカ並みに引き上げる方策も検討すべきだろう。